<< 2008年07月
123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031

英タイムズが報じた織原城二

2008/07/04 16:39

 

 織原城二が被害者に1億円の見舞金を出した。情状酌量狙いだろう。厭わしい。

-----

2005/08/19(金) 01:51:18

その風変わりな人生を通して自分自身で様々なアイデンティティを作り上げてきた織原城二はカメラを避けてきた。4年の果てしない裁判を経た今日でさえ、織原の映像は2つしかない。1枚目は1970年代初期の織原が東京の大学生であったとき:内気な微笑、若々しい肌、まったく堕落していない青年。二枚目は、織原が先月、東京地方裁判所で会われた時の法廷画家によるスケッチ:薄くなった黒い髪、まだらの山羊ひげ、しわくちゃの黒いスーツ、2人の警備員が傍らに並んでいた。 

それは、日本のバブル経済の比喩のように見える。大学と裁判の間の30年、織原城二は財産を相続したが、今日では1億2,200万ポンドの債務がある。織原は、卑しい移民の息子からエリートの一員になり、現在は連続強姦魔として公判中だ。そして、贅沢三昧で過度の浪費の日々、何でも買うことができた、喜び、地位、法律の免責、とりわけ、女性の肉体。 

織原は1952年に大阪で韓国人の両親のもと金聖鐘(キム・スンジョン)として生まれた。父親は貧しい移民だったが、タクシーと不動産、パチンコで財産を築いた。15才のとき、金聖鐘は、東京の名門私大、慶応義塾大学の高校に行かされ、そこで、政治と法律を学んだ。このころ、外科手術で目を大きくして東洋人らしさを軽減し、新しい日本名、星山聖鐘(記者注:星山聖二の誤りか?)に名前を変えた。 

聖鐘が17才のとき、父親はヤクザつまり日本のマフィアがらみの怪しげな状況で香港で死んだ。聖鐘は、二人の兄弟と莫大な遺産を相続し、21才で、またしてもアイデンティティを変えた。つまり、日本の国籍と織原城二という名前を得た。 

織原を知っている人々は、奇妙な生い立ちが織原の個性を形作る上で何らかの役割を果たしたと確信している。若くして突然父親を失った亡命者の子供。家族から離れ、名前とその顔さえ変えた。そして、一生働かなくてすむほど裕福・・・孤独と順応障害の可能性があるのは明らかだ。しかし、織原より苦しんだ多くの人がいる。 

日本の雑誌の報告によれば、織原は1980年代初期に性的に略奪する性質を表し始めたという。2000年10月に逮捕されたとき、織原の性的冒険のビデオは200個にのぼったという。これらがほぼ20年の間なので、おそらく1年につき平均10人以上の女性を強姦したと思われる。 

織原と彼の弁護団は先月、ルーシーが薬の飲みすぎで死んだ麻薬常用者であると主張した。原告側はルーシーを殺した薬が織原に飲まされた睡眠薬のロフィプノールとクロロホルムであったと主張している。 

ソース:TIMES ON LINEを2ちゃんねるが抄訳<How the bubble burst for Lucie's alleged killer>(August 17, 2005) 
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,7-1737805,00.html 

カテゴリ: 事件です  > 裁判    フォルダ: 裁判

トラックバック(0)

 
 
このブログエントリのトラックバック用URL:

http://dangun.iza.ne.jp/blog/trackback/631622

トラックバック(0)