東北の人は口数が少ないという。そして、その理由として、寒いから口を開くと失われる熱を惜しむからともいわれる。
その説によれば、話す量を減らすため単語も短くなる。例えば、津軽では自分のことを「わ」と言う。
いつもなら、聞き流すところなのだが、その日はたまたま、マーラーを聴いていた。で、連想が働いてしまった。「わ」と聞いて、山上憶良を思い出してしまったのだ。憶良には有名な次の句がある。
憶良等者 今者将罷 子将哭 其彼母毛 吾乎将待曽
(憶良らは 今はまからむ 子泣くらむ それその母も 吾(わ)を待つらむそ)
(万葉集3巻337 山上憶良臣の宴を罷(まかる)の歌一首 )
ここで、憶良は自分の事を「吾(わ)」と言っている。
一般に、言語は発生した場所から周囲に広がって行く。そして、発生した場所では廃れた言葉も周辺では残っている事がある。事実、奈良平安の発音が東北に残っていると言われている。
だから、東北の「わ」も奈良平安の「わ」が現代まで残っているのだろう。実際、ネットでもそのように書かれている。
さて、日本の古典は苦手という人でも「誰(た)がために鐘は鳴る」(ヘミングウェイ)は知っているだろう、映画にもなったし。確か、「誰がために鐘は鳴る」のエピグラフには題名のいわれである「ゆえに問うなかれ、誰がために鐘は鳴るやと、そは汝がために鳴るなれば」 (ジョン・ダン)が書かれていたはず。ダンの詩からは「あなた」が「汝(な)」と言われていた事もわかる。「それ」が「そ」であったことも(憶良の「それその母も」の「それ」は指示代名詞ではなく、間投詞)。
文学は苦手という人手も「ああ、そはかの人か」(ベルディ 「椿姫」)は知っていよう。
これらを用いて「寒いから東北の単語は短い」説に反駁できるはず。すると議論が深まって。
話が上で終れば良かったのだが、この話題は奥深い。続きがある。
憶良がこの歌を作ったのは西暦700年頃だろう。そのころは温暖化が始まっていたが、それ以前は寒冷な時期だった(*1)。
言語は簡単には変わらない。寒冷化の時期に作られた言葉を温暖化が始まった頃の憶良も使う。
もしかしたら、「わ」「な」「た」「そ」などは奈良より前の寒冷な時期に対応して作られた言葉なのかもしれない。
但し、日本語は一文字の言葉を嫌う傾向があるようで、同音を重ねた単語が、(身体を表すので、日本語として)基本/基礎的と考えられるも語彙の中でも多い。例えば「みみ(耳)」「ほほ(頬)」「ちち(乳)」「もも(腿)」など。幼児語ではあるが「おめめ」「おてて」という例もある。もしからしたら、それらは古日本語に移入された単語なのかもしれない。このことからすると、「わ」「な」「た」「そ」も移入された言葉なのかもしれない。
そうそう、書き漏らしていたが、マーラーは「亡き子をしのぶ歌」という歌曲がある。
(*1 様々な手法で復元した2,000年間の気温の推移
http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:2000_Year_Temperature_Comparison.png
)